「高遠北原・歴史まち歩きツアー」第1回開催レポート
弘妙寺の二つの家紋をその目で確かめ、権殿屋敷跡の伝承をたどる初のフィールドワークを開催。定員を超える多くの方にご参加いただきました。
鎌倉時代から続く高遠の歴史と暮らしをひもとき、次の世代へつなぐための地域プロジェクト。まち歩き、ワークショップ、記録づくりを通して、住む人と訪れる人が共に未来の高遠を描いていきます。
伊那市高遠町藤沢、北原、弘妙寺などの歴史的スポットを巡り、土地の人々の息遣いや語り継がれてきた伝承を体感するツアーを開催します。
歴史学者や地域住民を交え、古文書の解読や地名・家紋のルーツを紐解きながら、高遠のアイデンティティを語り合う知的交流の場を提供します。
散逸しがちな地域の口伝や非公開資料、墓石に刻まれた意匠などを整理・データ化し、未来の世代へ伝える書籍やアーカイブを制作します。
信濃国伊那谷・高遠。この地には、歴史の表舞台に現れては消えた敗者たち、そして彼らを支え激動の南北朝時代を生き抜いた一族の物語が秘められています。鎌倉の滅亡、中先代の乱、および観応の擾乱へ。彼らの葛藤は今もこの地に息づいています。
新田義貞の軍勢により鎌倉が陥落。北条一門は東勝寺で自刃するが、高時の幼き遺児・北条時行は、諏訪大社の大祝・諏訪頼重に匿われ信濃国へ落ち延びる。
諏訪頼重・時行らは信濃で兵を挙げ、鎌倉へ進撃して一時的に奪還。しかしわずか20日で足利尊氏に敗れ、頼重は鎌倉で自刃。時行は再び信濃の山中へと逃れる。
足利尊氏と直義の兄弟対立「観応の擾乱」が勃発。かつて仇敵であった足利直義と北条時行、そして諏訪直頼(頼重の孫)が、共通の敵である尊氏を前に奇跡的な同盟を結ぶ。
北原家の家系図に「北原源太郎頼一がこの年に出家した」と記される。動乱を生き抜いた北条・足利・諏訪の絆をもとに、高遠北原の地に土着した始祖の姿が浮かび上がる。
北条高時の遺児。鎌倉復興を誓い、諏訪氏に庇護され信濃で挙兵。後に直義と結ぶ。
尊氏の弟。観応の擾乱で兄と対立し南朝に帰順。時行・諏訪直頼らと連携する。
時行を匿い中先代の乱を主導した頼重。その孫・直頼は直義派の信濃前線司令官に。
弘妙寺に「三つ鱗」と「丸に二つ引き」を遺す。激動を生き抜いた者たちの結節点。
北原家菩提寺。「三つ鱗」と「丸に二つ引き」の相容れないはずの二つの家紋が、同じ墓石に並び刻まれている、歴史ミステリーの最重要地。
「北原」の地名が今も残るのどかな集落。突然の訪問にも温かく迎えてくれた北原の血を引く方々が集い、貴重な伝承を今に伝える地です。
伊那市高遠町藤沢に残る歴史地名。『中先代の乱』著者・鈴木由美氏も注目する「北条権頭時方」の潜伏伝説に結びつく屋敷の跡。
弘妙寺の二つの家紋をその目で確かめ、権殿屋敷跡の伝承をたどる初のフィールドワークを開催。定員を超える多くの方にご参加いただきました。
北原家本家に伝わる非公開資料について、専門家を交えた解読作業を開始しました。中先代の乱の直後における信濃潜伏の新たな史料的裏付けが期待されます。
弘妙寺の家紋の謎から夢中問答集の解説まで、高遠北原のヒストリーを一冊にまとめた特製小冊子。
¥1,200 (税込)高遠の清らかな水と米で仕込み、「三つ鱗」と「二つ引き」をあしらった和モダンなオリジナルボトル日本酒。
¥2,500 (税込)長野県伊那市高遠町藤沢の弘妙寺墓所。そこにある北原家の墓石には、「三つ鱗(北条氏の紋)」と「丸に二つ引き(足利氏の紋)」が刻まれています。
鎌倉幕府を滅ぼした足利と、滅ぼされた北条。本来相容れない仇敵同士の家紋が、なぜ一つの家に宿るのか。
その答えは、観応の擾乱という「奇妙な同盟」にありました。北条時行と足利直義が手を結んだ時、この地にいた北原家の祖先が、自らの出自(北条)と、戦功の証として拝領した紋(足利)を、後世に伝えるために刻んだ一次史料。それが墓石の家紋なのです。
足利直義と伝説の高僧・夢窓疎石との一問一答。若き北条時行や諏訪直頼たちをも導いたであろう、乱世における人間としての生き方の教え。
仏は「苦しみを抜き安楽を与える」と言いますが、なぜ世間には苦しむ人が多いのですか。
世間の人が求める幸せは一時的なものです。仏の本当の慈悲とは、目先の富ではなく、迷いの輪廻から救い出し、永遠の悟りの安楽を与えることなのです。
武士として政治や戦に追われる身で、仏道を修行することはできるのでしょうか。
世間の仕事と仏法は別の世界のものではありません。自分の欲望を交えず、ただ目の前の務めに専念するならば、その仕事そのものが菩薩の修行となります。
善人が不幸になり悪人が栄えるなど、因果応報の法則が間違って見えるのはなぜですか。
因果の報いは、前世から来世までの長い時間をかけて現れるものです。今この一瞬の状況だけを見て、宇宙の法則を疑ってはいけません。
次々と浮かぶ雑念や妄想を消すには、どうすればよいですか。
「妄想を消そう」と焦ること自体が、すでに新たな妄想です。湧き上がるに任せ、執着せず、恐れずに放っておけば、自然と消えていくものです。